銀は金より良く、銅は金と同じ、そして手ぶらで帰すわけにはいかないの言葉から。

2016年8月15日
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リオデジャネイロオリンピックは、競技期間の折り返し時期となりました。世界中のアスリートたちの力と技、最高の舞台で、最高パフォーマンスを出す、そして、彼ら彼女らを支えて来た多くの人々との物語が、連日列島を駆け巡っています。


ここまで日本選手は好調で、メダル数も前回大会を上回り、この先も期待されるところです。

昔、私が子どものころ、日本のお家芸と言われた体操と柔道、今大会は、凄いことになっています。体操では、団体で金メダル、個人総合で内村航平選手が金メダルを獲得しました。


柔道は、男女で合計3個の金メダル、男子は全ての階級で、メダルを獲得する結果を残しました。初めてメダル数を獲得した競技、もう何十年ぶりという復活した種目もあり、時差12時間の地球の裏側で行われている競技に、日本国内寝不足は何処へやら、酷暑の中熱狂が続いています。

選手、監督スタッフ、そして家族にも物語、そして心から発せられた言葉があります。体操団体金メダルは、予選やその前の練習段階ではなかなか調子がでなかった中、本番では全員の力で素晴らしい結果を出しました。


前回ロンドル大会で、個人総合金メダルを獲得した内村航平選手は、何としても団体金メダルをと自身を極め、仲間を鼓舞して引っ張って来られました。その内村航平選手、連覇がかかる個人総合では、トップを走る選手に絶望的と言われる得点差をつけられながら、最後の種目で大逆転し、金メダルを獲得しました。

内村航平選手のお母さま、優勝、金メダルは無理と思って、試合後の内村選手にかける言葉を考えていたそうです。銀メダルだろう、でも、銅メダルかもしれない。頭に浮かんだのは、「銀は、金より良い」「銅は、金と同じ」と言う言葉だったと言われました。

なるほどそうですね。漢字には、それぞれに成り立った意味があります。金銀銅、まさしくオリンピックの精神に合う言葉ですね。でも、金メダルを獲得した内村選手に対して、お母さま、何と言葉をかけたのでしょうか。

その内村航平選手、最後の種目で大逆転したので、海外のマスコミが、審判に好かれているのではないかと、内村航平に対して、判定に対する意見を求めたところ、2位銀メダルを獲得した選手は、こう言いました。「審判も、個人のフィーリングは持っているだろうが、スコアに対してはフェアで神聖なもの、航平さんは、キャリアの中でいつも高い得点を取っている。


それは無駄な質問だ」と。そしてこの伝説の選手と競い会えることがたいへん幸せだとも述べていました。内村航平選手、この場では、恥ずかしそうにしていましたが、その後、もう、自分はいっぱいいっぱい、次に闘うときは勝てないと思うと応えておりました。スポーツマンシップって、素晴らしい!

素人外野は、しばしば審判、判定に対して疑義を言います。でも、選手たちは、決して不満を言いません。それは限界まで競い、悔いなき闘いをしたからこそ、また、自分がこの場所にいるのは、ライバルあってのことの思いもあるのでしょう。

今回日本男子柔道は、4年前の金メダル0から、全員がメダルの快挙を成し遂げました。日本代表を率いる井上康生監督は、選手たちの健闘を讃え涙しました。

これを知った今はタレント?となった篠原信一前監督は、井上康生監督そして選手たちを讃えています。篠原信一選手こそ、オリンピック決勝で、世紀の大誤審により金メダルがすり抜けた偉大な選手でありました。そのとき篠原選手は、負けたのは自分の力が足りなかったことだとして、柔道界、日本国民議論が沸騰する中、ただひとり冷静に、そして次を見据えた大人の対応をされました。


そんな篠原氏の蒔いた種が、井上監督らにより身となり、新しい歴史を刻んだのだと思います。これこそ伝統、お家芸たる所以です。

伝統そして続けれものがあります。前回ロンドンオリンピックで、三連覇を逸して個人でメダルを獲得できなかった偉大なスイマー北島康介氏が、あるいはオリンピック最後の種目となるかもしれない400メートルリレーを前にして、同僚でこのとき2大会連続でバタフライで銀メダルを獲得していた松田丈志選手は、仲間たちにこう言いました。

「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」。そして獲得した銀メダル、北島康介選手は、自身が過去獲得した金メダルに勝るとも劣らない喜びを爆発されたのでした。そして北島康介選氏、あれが最後のオリンピックになりました。

その松田丈志選手、おそらく今大会が最後のオリンピックになるであろうと言われ、たった1種目に絞って出場したのが、メドレーリレーでした。仲間たちは、密かに語ったそうです。「丈志さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」と。


レース後これを知った松田丈志選手には涙……。歴史と伝統は、確かに引き継がれています。

この「手ぶらで帰すわけにはいかない」は、現に競技中の選手からも発せられています。団体準決勝に進んだ女子卓球では、15歳の伊藤美誠選手が、「先輩方を……」と発言して、先輩から「ありがとう」が発せられてチームの士気が高まりました。


オリンピックが人々の心に響くものを残す、次に引き継ぐものがあるのは、競技だけではないようです。「手ぶらで帰すわけにはいかない」は、今年の、またオリンピックの流行語大賞になるでしょうか。頑張れアスリートたち、頑張れニッポン!そして世界が平和でありますように。

31年後の8月12日に起きた『羽田空港『ベルトコンベヤー不良事件』に寄せて。

2016年8月12日
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8月12日は、31年前の昭和60年のこの日、いわゆる日航ジャンボ機墜落事故が起きた日であります。この日、東京羽田空港を午後6時12分に離陸し、大阪伊丹空港に午後6時56分に到着する予定の日本航空123便、ボーイング747SR100型機が、操縦不能となって群馬県多可郡上野村通称御巣鷹の尾根に墜落、乗員乗客524人のうち520人が亡くなった現在でも、単独機の墜落事故としては、世界最悪の死者数となった航空機事故がこれです。


先の大戦を経た昭和史の中でも、忘れることができない悲劇であり、公共交通機関の事故としても、後の世に様様な影響と教訓を残した事故でした。

あれから31年経過した8月12日の早朝、東京羽田空港国内線第2ターミナルビルを使用するANA全日空の手荷物を扱うベルトコンベヤーに、不都合が生じました。

この影響で、一部の出発便に、数分から1時間超の遅れが出たほか、国内線12便が、機内荷物室に詰め込むために搭乗客から預かった荷物を、全く積み込ない状態で目的地に出発、その他十数便も、一部荷物を機内荷物室に納めることができないまま、積み残して出発したアクシデントとなったのです。この『故障』のため、5.500人が影響を受け、到着地にて、後続便に乗せた荷物を受け取るような事態となったということです。


羽田空港第2ターミナルには、全日空のほか、ソラシドエア、エアドゥ、スターフライヤーの各社も使用していています。これら各社は、全日空と共同運航している関係で、全日空からの搭乗客の座席が確保されておりますから、全日空の機械不都合による影響は、避けることができません。

共同運航のマイナス部分も現れたアクシデントです。31年前のこの日、夏休みとお盆の帰省シーズンで満席の日航ジャンボ機と言われたことが思い出されます。さて金曜日の朝、羽田空港からの下り便は、多くの搭乗客があったでしょう。


ベルトコンベヤーのアクシデントそのものは、相手が機械である点で、回避することは困難と言えましょう。ただ今年の3月、全日空では、コンピューターの発券システム等の故障により、数時間搭乗手続きができなくなったアクシデントがありました。そのときもバックアップ体制の重要性を指摘したと思います。何か気になる一連の『機会の故障』であります。

このアクシデントについて、議論が出ているのは、全日空は、ベルトコンベヤーの故障により、機内荷物室に搭乗客から預かっている荷物を搬入していないのに、この事実を出発前に搭乗客に告げずに目的地に出発したことです。つまりこのアクシデントに遭遇した乗客は、機内もしくは到着地空港で、初めて自分が預けた荷物が一緒に届いていないことを知らされたのです。


海外ではよくあることなのだそうですが、全日空のこの判断については、賛否両論ありそうです。ネット上の意見は、例に漏れず全日空に批判的なものが多いです。いっぽうで、最近の報道機関の現実から、現に『被害』に遭われた搭乗客からは、ほとんど怒りや抗議は出ていないように報道されていると感じます。

この問題、もし自分が被害に遭ったらどうだろうかと考えました。航空機を利用する目的がかなり影響すると想像します。私の場合、ほとんどが仕事、しかも裁判所他への出頭のための日帰り出張です。私は、こんなこともあろうかと思って、仕事関係の荷物は、少なくとも往路は必ず機内に持ち込みますので現実には、このような事態に遭うことはないです。でも、もし荷物が届かなかったら、たぶんこの日、この到着地に来た意味はないでしょう。すなわち、事前に手荷物が届かない、少なくともいつ到着するかわからないのであれば、この日の出張は意味はなく、この便に身体だけ搭乗する選択はないと想像します。


これと同様の意見は、ほとんど仕事関係の影響、意味付けの観点から、出されているようです。例えば、大阪伊丹空港や、岡山空港への航空機利用は、予めこんな事態が分かっていたならしないと言われます。この『ひとりごと』でも書いたように、新幹線は、『4時間の壁』があり、東京からならば、新幹線と航空機は、広島でほぼ拮抗、岩国もしくは山口宇部空港で逆転と言われています。大阪伊丹空港で荷物が来るまで待ち惚けならば、新幹線を利用したほうが良いとなるでしょう。


今回は、お盆の時期で、仕事より帰省の人が圧倒的に多いとすれば、衣類等には困らず、「別に急がないだろう」と判断したのではとの意見があります。

逆に、ベルトコンベヤーの故障が直るまで、荷物室に搬入できないがゆえに、航空機が出発を見合わせ続けたならば、おそらく手荷物を預けない私なんかは、文句を言いたくなるでしょうね。人間は勝手ですから。まして、事実を明らかにして、搭乗客に判断を求めたりしたならば、出発空港での混雑混乱は、想像を超えるところでしょう。必ず文句を言う人が出ます。


その対応で、出発は遅れるでしょう。荷物は後でーー何時になるかわからないけれどもーー到着するので、予定の便に搭乗しますか?と搭乗客に選択させるのは果たして解決になるでしょうか。ただし、ペットはどうなんでしょうか?長く飼い主と引き離されて不安でしょうし、先に待っている飼い主こそ、気がどうかなってしまいかねません。

これは『混乱回避』、『危機管理時のお客様サービス』を論点とすれば、あながち今回の全日空の対応判断は、受け入れ可能なところとなりましょうか。でも、私は、全日空の本音は、果たしてそこにあったのか、甚だ不謹慎な捉え方をすれば、ここで論じているような捉え方があることを『渡りに船』とした、本当の問題点を見えにくくしたのでは?と疑いたくなります。


それは、今日が、8月12日と言う航空会社にとって特別な日であり、トラブル発生による騒ぎの拡大を防ぎたいと、頭によぎらないはずがありません。それよりも、航空機は飛ばしてナンボなのだと思われるからです。

ベルトコンベヤーが復旧して、荷物室への収納が可能になるまで航空機の出発を見合わせたら、遅延が続くのみならず、到着地での折り返しも遅れますから、機材のやりくりができなくなり、欠航が続出します。事は羽田空港だけに留まりません。例えば、私も時々利用するANA51便羽田空港7時発新千歳空港行きは、新千歳空港到着後、折り返しANA54便9時30分羽田空港に向けて出発します。


もし、羽田空港をANA51便が1時間遅れたら、新千歳空港の折り返しは1時間後になります。そして羽田空港到着後、これが福岡空港に向かうとすれば、こちらも影響します。航空会社にとって、定時運航が生命線であることは明白です。そして機材のやりくりです。航空会社は欠航になること、ついでカラで飛ばすこと、すなわち座席を埋めずに飛ばすことは、営利企業である以上、回避したいのです。

もし、この事実を出発時に露わにしたら、出発が遅れたり、荷物はいつ来るかわからないと知れば、搭乗を止める人はいるでしょう。それでカラではないにしても、このお盆の時期に予約がキャンセルされては堪らないのが本音ではないでしょうか?

今回の全日空の判断、現場での咄嗟の逃げや先送りではないと思います。企業としての判断かあったはずです。公共交通機関の使命、それは安全運航が全ての前提のはずです。


31年後の8月12日に起きたベルトコンベヤー不良事件、空の安全への警鐘にならなければと思いました。

今年初めての『山の日』を迎えた福本悟のひとりごとです。

2016年8月11日
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今年から新しい国民の祝日『山の日』が始まりました。

 

改正された祝日法によると、山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝することを趣旨とするものですが、特に8月11日には、山に因んだ出来事があったわけではなさそうです。ですから、山の日をいつにするかは議論がありました。やはり山に行きやすいと言う意味で、夏場で、休みが取りやすい日が良いのではないかとされ、7月の海の日と連動するとか、お盆の時期に被せるとか、超党派の議員連盟である『山の日制定議員連盟』では、いろいろ議論されたようです。

 

それで、学校が夏休みでもあり、お盆休みと連動しやすい点で、8月12日とする案が、3年前の6月末の段階で、採用されたそうです。しかし、私が即座に『8月12日』と聞いて思い出すことがあるのですから、到底この日を国民の祝日にはできないと、採用が見送られたわけです。それで1日前倒しの8月11日が、山の日となったわけであります。 昭和60年8月12日18時56分ころ、東京羽田空港を離陸し、大阪伊丹空港に向けて飛行中の日本航空123便ボーイング747型スーパージャンボ機が、群馬県多野郡上野村の御巣鷹の屋根に激突墜落して、512名の命が奪われた航空機事故が起きました。

 

現在でも、単発の航空機事故としては、最大の犠牲者を出したことになる『日航ジャンボ機墜落事故』が起きてしまった日です。この事故に巻き込まれたご遺族関係者は言うまでもないことですが、この日を山に感謝…とは素直に思えない人々は、少なからずおられるはずです。群馬県出身の国会議員、そして群馬県知事らが中心となって、日付の見直しを求められました。曰く、「これでは山の日ではなく、御巣鷹山の日になってしまう」と。それで2013年11月に、山の日は、8月12日から8月11日に変えられ、2014年3月、国会で改正祝日法が議決されて、『山の日』が決まったのです。

 

山の日の制定そのものには、山に対して感謝こそすれ、日にちをどうするかで問題視されたような事態が起こるとは、想定されていなかったでしょう。そんな経緯があったからかどうかわかりませんが、今年8月11日、政府が主催するような大々的な記念行事は行われませんでした。長野県にある上高地で、長野県や松本市、山岳関係者が集まって、『全国記念大会』が開かれたようです。この記念式典に、皇太子殿下ご一家が、臨席されたと報道されていました。

 

 

皇太子徳仁殿下は、登山を趣味のおひとつにされていて、式典では、約50年登山を続けられていて、山には登るたびに新しい発見や、新たに学ぶことがあって、山の魅力は尽きないと述べられました。皇太子様は、昭和42年に、天皇皇后両陛下とこの上高地を訪れた思い出に触れられ、この日が、明るく豊かな山の未来を創造する第一歩となることを願っているとも、仰っしゃられたとのことであります。 皇太子様は、その50年前、この日『両親』と述べられた天皇皇后両陛下に連れられてこの上高地に来られたとを振り返られて、穂高連峰の雄大な景色に魅了され、そこから流れ出る梓川の清流に心を癒されたことが懐かしく思い出されますと述べられました。

 

この日同行された敬宮愛子様は、皇太子様雅子様とご同行する初めての地方へのご公務となられました。出迎えする小学生らに対して、「学校は楽しいですか?」等、お言葉をかけられたご様子であります。 今上陛下が、『お気持ち』を国民に対して述べられて、最初の皇太子様ご一家のご公務でした。この日、皇太子様が趣味とされる山に、その思い出の源泉となる上高地に、初めての地方ご公務として、敬宮愛子様がご同行されたことは、意義深く感じました。

 

 

皇太子様も、今上陛下が即位された御歳になられます。国内外に渡る様様なご活動とそのお姿、そして発せられるお言葉や立ち振る舞い等、敢然として若々しく、凛々しい限りです。

 

 

そして、陛下同様常に国民を思い、また、ご家族を大切にされるお姿は、いつも心を打たれるものです。山の日は、国家的行事ではありませんが、それだからこそご家族ともども国民の中に入られて、お祝いの気持ちと感謝を述べるお役目は、まさに皇太子様であればこそと感じました。

 

山の日8月11日、この『ひとりごと』をご覧くださっている皆様には、どんな過ごされ方をしましたか?

 

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列島は猛暑が続き、福岡県久留米市では、16日連続猛暑日となって、観測記録を更新したそうです。山の上は涼しいでしょうが、そこにたどり着くまでが、私のような怠け者には堪えます。ただ、そんな私でも、過去2回8月に、富士山山頂にいた経験をしています。昔を思い出しながら、家でわんこと一緒にゴロゴロした祝日を過ごしました。

 

さて、明日は8月12日、そしてお盆に入ります。

今上陛下の『お気持ち』を聴いた福本悟のひとりごとです。

2016年8月9日
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日本人にとって、忘れられない、忘れてはならない8月が訪れました。71年前の8月6日と9日、世界初のそして唯一の原子爆弾が、日本に投下されました。その数日後、当時のソビエト連邦の対日参戦があり、昭和20年8月15日、昭和天皇の玉音放送により、日本は、終戦を迎えたのです。


この戦後71年となる今年、今上陛下は、『お気持ち』を述べられ、これがビデオに収められて、国民に届けられました。奇しくも8月8日は、広島長崎で行われる平和記念式典の間の日、ある人は、パパの日と言い、ある人は、陛下のお言葉を、71年前にタイムスプリットさせて、平成の玉音放送と言いました。


国民それぞれが、それぞれに感じたであろう陛下お気持ち、私は、これを拝聴したひとりの日本人として、どうしても書かざるを得ない、言わざるを得ないのです。

今上陛下が、皇太子徳仁殿下に皇位をご生前に譲位される希望をお持ちであることが、先月公にされました。皇室の即位や承継順位等は、皇室典範と言う法律により定めれています。


法律である以上、憲法に従って規定されていることは言うまでもありません。日本国憲法第1条は、天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権が存する日本国民の総意に基づくと規定されています。


これが象徴天皇制です。つまり、象徴天皇制は、個人の尊厳を根本規範とし、平和主義と並ぶ柱の一つである国民主権に支えられて存在する憲法ともと、国民は、天皇を日本国の象徴と仰ぐことを決めたのです。声を大にして言わなければならないのは、国内に存在するどこかの政党が目指す憲法改正草案に規定されるような、天皇は、元首ではないと言うことです。


陛下は、『お気持ち』の中で、ご年齢等を理由に挙げられて、象徴としての天皇のお務めを果たすことが困難になる危惧の念を述べられました。全身全霊をもって象徴としての務めを果たし得なくなるとき、どのように身を処していくことが国民にとってよいことか、考えを巡らしできたと明かされました。この『お気持ち』の中で、陛下は、『象徴』と言うお言葉を7回も使われています。


お気持ちの最初に、日本国憲法で象徴と位置づけられた天皇の在り方を日々模索しつつ過ごされたと言い、お気持ちのおまとめにあたっては、象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じると述べられました。今上陛下は、日本国憲法の象徴天皇制を承継することが、天皇そして皇室のお務めと言われているのです。

当たり前のように、何も考えずに、天皇の地位、象徴天皇制に慣れてしまった日本国民は、陛下が『象徴』を繰り返され、日本国憲法の下での象徴、象徴天皇の務めが、常に途切れず安定的に続いていくことの願い、このようなお気持ち、お言葉を述べられた意義を理解したでしょうか。


陛下は、天皇の地位は、国民主権のもと、日本国憲法に根拠があること、この憲法が定めた象徴としてのお務めを途切れさせてはならないと言われたのです。この務めを天皇、皇室として行うために、いわゆる生前退位を願われていると言うことは、とりもなおさず日本国憲法を守り抜くと言うメッセージを発信されたわけであります。

天皇、国務大臣、その他公務員が、日本国憲法を尊重擁護する義務があることは憲法に規定されていますが、そんな形式論を言ってみても、政権政党が、改憲を党是とし、その中で天皇を象徴ではなく、国家元首としている現実を無視することはできません。でも、この政党の改正草案なるものをどれくらいの国民が知っていたのでしょう。


いかに選挙の際隠され続けていたからとは言っても、『3分の2』の議席を与えるなんて…。陛下のこのような『お気持ち』は、先の参議院議員選挙の直後、露わにされました。今上陛下ご自身が、御身を供して国民に知らしめたのです。

私は、参議院議員選挙の投票日に伊勢神宮と並ぶ皇室な大神をご祭神とする宇佐神宮に詣でたこと、ここに昨年から今年にかけて4回、天皇陛下の勅使が見えられたこと、なぜ私がそんな日に宇佐神宮に行ったのか、この『ひとりごと』に書きました。まさかこんなに早く、これをお話しすることになるとは思いもよらぬことでした。

陛下の『お気持ち』の中には、国民統合の象徴として、国民を思い、国民ために祈るお務めを果たされ続けたことに加え、日本の長い皇室の歴史を振り返り、これから皇室が国民とともに在り、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、『象徴天皇』の安定的承継を願っておられるのです。ここまで申せば、陛下が何を仰りたいのか、国民は理解できなければ昔流に表せば『非国民』でしょう。

ほとんどの国民が、今上陛下が生前に譲位されることには、反対しないと思います。苦虫を潰したような顔つきで、早口で陛下のお気持ちを聞いた後、メッセージを発した安倍首相にしても、『反対』は言えないでしょう。だって60%近くの国民が、安倍内閣を支持してるんですから。これから象徴天皇制を前提とする皇室典範の改正等の作業に入らざるを得ません。

象徴天皇制を承継するような諸々の手続きを進める羽目になるなんて、考え及ばなかったでしょうね。一部とんでもないマスコミ、どこかの大応援団は、陛下のお気持ちに沿うために、憲法改正が必要との答えを集めるための露骨な世論調査をしました。でも、そんなことをやっても、陛下のお気持ちは、日本国憲法の象徴天皇制の承継にあるのですから、このマスコミが応援して止まないどこかの政党が求める元首とするような改正を為しないことは、いくらなんでもバレるでしょう。


要は、ドサクサに紛れ込ませて、9条の改正撤廃等をやり遂げようとする天皇のお気持ちを政治利用したくだらない露骨な世論操作に過ぎません。天皇陛下こそ、日本国憲法を守り抜く強いご決意を発信されたのです。

皇位承継者である皇太子徳仁殿下は、これまでの幾つかの会見で、皇室の務めは、日本国憲法を守ることとハッキリ仰ってします。

ある方向を目指す方々は、皇太子殿下のご即位を、心底歓迎しているのでしょうか?それと、皇室典範の改正は、過去他にも論点となった事項がありました。場合によっては、皇位承継順位が変わる可能性もあります。ある政党の総裁が会長を務める最近いろいろなところで名前が出てくる団体は、天皇の生前退位も女系天皇も承認しておりません。


そんなところからか、先月天皇陛下のお気持ちが露わになった直後、菅義偉内閣官房長官は、皇室典範の改正等お気持ちに沿った対応には、否定的な態度を見せました。

このまま何もしないと、少なからず政府に対する批判が起きると思います。

いっぽうで、ある団体との関係から、日本国憲法の国民主権を確認するような象徴天皇制を途切れなく整備するなんて、絶対にできないと考えられます。

先月天皇陛下の生前退位のご希望が報じられた直後、日本国民は、いとも簡単に『3分の2』を与えてしまったゆえに、ご自身を人身御供にしてまで、この国の平和と人々の尊厳、そして天皇制を支える国民主権を守るため、立ち上がったのだとの解説がありました。

恐れ多くも私も、例の宇佐神宮のくだりで、これに近いひとりごとを申しました。陛下は常に国民を思い、全世界の平和を願っておられます。涙が出ます。


本当に有り難いことです。どうか安んじて安寧の日々が送れますようお祈り申し上げます。

自分を高めるには、ライバルと親友の存在が必要です。ーー萩野公介選手瀬戸大也選手の活躍から。

2016年8月8日
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リオデジャネイロオリンピックが始まりました。日本からすると地球の裏側、時差12時間の遠く離れた南米の地で、アスリートたちの競演が、繰り広げられています。力を発揮できた選手、思いとおりに行かなかった選手、アクシデントあり、感動ありで、連日日本国内でも盛り上がりを見せています。

オリンピックに関わる全ての方々が、どうか怪我なく、これまでやってきたことすべてをぶつけ、後悔なきよう競技されることを願っています。

開会式の翌日、早速日本競泳界で、素晴らしい結果がもたらされました。男子400メートル個人メドレーで、萩野公介選手が金メダル、瀬戸大也選手が銅メダルを獲得されました。

決勝の時間が、日本では日曜日の午前10時ころでしたから、かなりの国民が、その瞬間を生放送で見れたのではないでしょうか。まずはメダルを獲得した両選手におめでとうございますと申し上げ、これまでのご努力に敬意を表するものであります。このビッグニュースに列島は、マスコミを中心に、ここまでの萩野公介選手、瀬戸大也選手の軌跡やエピソード等を放映しているので、この『ひとりごと』で、あえて説明するまでもないことです。


ここでは、少し感想を述べさせていただきます。

大学4年生の萩野、瀬戸両選手は、子どものころから水泳を始めますが、小学校低学年より、萩野選手はその能力が抜きん出ていて、瀬戸選手は、強い速い萩野選手は、遠くから背中を追う『萩ちゃん』だったそうです。それから瀬戸選手も憧れの萩ちゃんを目標にどんどん力をつけて、遂に中学生のときに、勝利の瞬間を迎えました。


それからは、まさに同学年のふたりの時代、互いに競い合って記録を伸ばし、かたや日本記録を作り、かたや世界選手権を制し、いつの間にかふたりは、『公介』『大也』と呼び合う最大のライバルであり、最大の親友に至ったと言うことです。

特にロンドンオリンピックとそこからの萩野選手、瀬戸選手には、ドラマがありました。ロンドンオリンピック選考会で勝った萩野選手は、17歳で出場したロンドンオリンピックで銅メダルを獲得、選考会で敗れた瀬戸選手は涙にくれました。その後萩野選手は、日本記録を塗り替えますが、骨折事故に遭い、選手権への出場どころか選手生命にも黄信号が灯る経験をし、いっぽう瀬戸選手は、世界選手権を制して2年間世界チャンプオンの座にあって、いち早くリオデジャネイロオリンピックの代表に選考されたのです。


こうして迎えた今年、怪我から見事復活した萩野選手は、世界ランク1位に登り詰め、瀬戸選手も負けてはおりません。瀬戸大也選手、直前のレースで、泳げば泳ぐほど自己記録を更新して、リオデジャネイロ入りしたものです。そしてオリンピック本番の予選、瀬戸選手は、さらに自己記録を出し、瀬戸選手が2位、萩野選手が3位で決勝に進みました。


結果は、萩野選手が金メダル、瀬戸選手が銅メダルでこの大会、日本人第1号で表彰台に、しかもふたりで上がりることが叶いました。萩野選手は、いつもとなりに大也がいる、瀬戸選手は、公介を追うことだけを考えると言われました。


切磋琢磨とは、この両人のためにあるような言葉だと感じました。ある評論家が言っていました。これは意図されたことではないけれども、予選ではこの大会本番で、瀬戸選手同様泳げば泳ぐほど記録を伸ばして、予選1位通過したアメリカ選手を、瀬戸選手が予選からしっかり競い合って共に記録を出したこと、これを見た萩野選手は、ある意味力を温存できて『勝負どころ』を押さえることができたのではないか、まさに萩野選手、瀬戸選手2人で成し遂げた偉業と言うのです。

ここまで高め合った両人からすると、あとは時の運かもしれません。レース直後、『おめでとう』『本当に良かった』と互いを称え合って場内の観客に応えるふたりの姿は、本当にスポーツっていいな、男の友情っていいなと感じました。ロンドンオリンピックで銅メダルを獲得し、今回金メダルを手にした萩野公介選手に向けて、瀬戸大也選手が、今回自分は銅メダルを獲得した、東京オリンピックではワンツーフィニッシュすると述べたことが印象深かったです。


ワンツーとは、もちろん瀬戸大也選手が1位、萩野公介選手が2位の意味です。このふたりなら、さらに高め合うでしょう。

スポーツには、個人競技と団体競技があります。もともとは個人競技でも、今回期待されている体操団体とか、陸上水泳のようにリレーといった形で、チーム力を競う試合もあります。スポーツに関係ないところでよく言われるのは、団体競技のスポーツを経験することで、仲間の大切さを知り、社会性常識が身につくがあるようです。


確かにそのことは否定しませんが、萩野公介選手、瀬戸大也選手を見て知れば知るほど、スポーツはひとりではない、自分を支える関係者あってのスポーツであり、その中には、『ライバル』と『親友』と言う存在がとても大きいのだと知らされた思いがします。


自分を高めるには、ライバル、目標と心を許せる友の存在がとても大切であること、それはスポーツの世界に限らないのではないかと気づかせられた萩野公介選手、瀬戸大也選手の活躍でした。


おめでとうございます。そしてありがとう!