復興へのシンボル九州新幹線運行再開の報道に寄せて。

2016年4月27日

『つばめ』と聞いて、何を想像しますか。つばめは、鳥です。それは誰でも知っているでしょう。その『つばめ』 が、いろいろなとろて使われています。

 

例えば、店舗や企業の名前にも。東京に居ると、プロ野球球団を思い出す方も多いのではないでしょうか。 昔鉄道少年だった私は、『つばめ』と聞けば、列車電車を思い出します。そして、熊本地震の発生後、運行中止となっていた九州新幹線が、4月20日に鹿児島中央駅と新水俣駅間が、23日には博多駅と熊本駅間が運行再開となり、ゴールデンウィークのころには、全線復旧の見込みと報道されたことを受けて、『つばめ』に想いを馳せるのものです。

 

九州大好き人間にとっては、『つばめ』と言えば、九州新幹線です。 日本に鉄道が開通した当初は、以前交通博物館等でも保存されていたように、義経、弁慶、静号等と名付けられた鉄道車両がだんだん大型化し、また、線路が日本全国に繋がるようになると、列車の名前がたくさん必要になりました。鳥は空を、早く、颯爽と飛ぶことができるからなのか、戦時中から『つばめ』や『はと』はありました。戦後も、『つばめ』は、復興の証として、東京と大阪を結ぶ特急として再登場し、やがて電化とともに電車となり、そして東海道新幹線が登場したことにより、活躍の場が、西へ移るのでした。

 

東海道山陽新幹線が新大阪、岡山そして博多まで開通し、『つばめ』は、順次新大阪熊本、岡山熊本、博多西鹿児島間の特急となりました。そうです。『つばめ』は、長く熊本を通っていたのです。やがて九州新幹線が登場しました。九州新幹線と言っても、開通当初は、西鹿児島改め鹿児島中央駅と新八代駅の部分開通で、ここに九州新幹線『つばめ』が運行されたのです。

 

また、博多駅から新八代駅までは、九州新幹線につなげる意味で、『リレーつばめ』という特急が、もと博多西鹿児島間を運行されていたつばめ型車両を使って、運行されました。つまり、九州新幹線開業数年間は、熊本県内には、新幹線『つばめ』と在来線特急『リレーつばめ』のふたつの電車が走っていたわけです。 九州新幹線が部分開業だったこともあり、東京あたりでは、『つばめ』が新幹線として走っていることなど、ほとんど知られていなかったと思います。

 

その後九州新幹線が全面開業となった後も、東海道新幹線は、九州新幹線との相互乗り入れをせず、新大阪駅から一部列車が、JR西日本との共同運行により、西鹿児島まで運行されているものの、名称は、『さくら』『みずほ』でした。従って、『つばめ』は、博多駅より先に行かないと、目にすることができません。首都圏で暮らす人間は、『新幹線つばめ』』と言われても、ピンと来ないのではないでしょうか。現在は、『つばめ』は、九州新幹線博多から先の区間で運転されているものです。 でも、九州特に熊本県の皆さんは、『つばめ』こそ新幹線であり、愛着をお持ちだと思います。

 

『さくら』『みずほ』そして『はやぶさ』は、もとブルートレインすなわち夜行寝台特急でした。それが後に新幹線になりました。『つばめ』は、ブルートレインではなく、電車特急として長く活躍していて、九州内には無くてはならない、この地で暮らす皆さんの日常生活に浸透していた電車だったでしょう。

 

そのつばめ号が復活した!それは、震災から復旧のシンボルとなるのではとも思います。 私は、九州新幹線が鹿児島中央駅と新八代駅までの部分開業をしていた時期、何回か鹿児島から福岡に行くために、『新幹線つばめ』と『特急リレーつばめ』を利用したことがあります。

 

この『ひとりごと』を始める前、きさらぎ法律事務所旧ホームページ『よかとこ九州』でもご案内いたしました。

 

ふたつの『つばめ』と乗り換え駅新八代駅の様子など、写メにした記憶があります。九州新幹線全面開業後は、『つばめ』に乗車する機会がなく、少し寂しい思いがしておりました。熊本地震から復旧した新幹線つばめ、今年はぜひこれに乗車したいと思います。熊本地方の皆様のご健康と、被災地の復興を祈念いたします。