犬だって愛情が欲しいのです。
2015年5月22日
散歩中の小型犬3頭が、大型犬に襲われ1頭が死亡し、1頭が重傷を負った事件が、札幌市内でありました。
自らも負傷した飼い主が、愛犬を看護する中、大型犬の飼い主は、その場を立ち去ったそうです。
また、都内でも数日前、飼い主の管理を離れた犬が、通行人2名を襲って負傷させた事件が起きました。
こちらは、82歳の男性が、犬7頭を飼っていて、これまでも近隣の犬に噛み付くなどトラブルがあり、狂犬病の注射もしておらず、保健所等から、注意を受けていたと報じられております。
新しく建設されるマンションは、ほとんど『ペット可』とされるように、ペットブームが続く中、犬に関するトラブルは、増えているのではないでしょうか。
ペットといえども家族、そして子犬は子どもであり、親となった飼い主は、しっかり教育しなければなりません。
犬のしつけ教室は、あちらこちらで見かけます。この教室が学校なら、飼い主一家は家庭、周りの犬友を含む近隣は、地域社会です。
少年少女の健全な成長のため、しばしば家庭学校地域社会の連携とか一体性と言われることを思い出します。
非行に走った少年の審判などで、付添人弁護士は、当該少年の成育過程で、上記監護養育の環境がどうだったか検証します。
昨今のネット社会では、そのこと自体批判がなされますが、今日は、これを論じるのではありません。
人間や他の犬に危害を加えるような犬もまた、育ち生活する環境がどうだったのか、劣悪な環境で暮らす犬は、加害者となった少年少女と同様、「犬が悪い」とされるのでしょうか?
犬を飼う、家族の一員として迎えるということは、他の飼い主が、自分の犬に対してどれだけ愛情を持っているか理解できないはずはありません。
痛み苦しむ犬、そして必死に看護する飼い主を見ながらその場を立ち去るなんて……。
また、82歳の人間が、7頭もの犬、すなわち我が子を育てられるものでしょうか? 被害を起こした犬は、どうなるのでしょうか。
このような事件が起きたとき、世間は、犬を責めるのではなく、その飼い主の責任を問う声が上がると思います。
ある意味犬も被害者で、可哀想と言われるように思います。
非行に走って被害を発生させた少年少女は、どんな劣悪な気の毒な環境にあったとしても、決して被害者と呼ばれることはありません。
そして同時に、家庭親が悪い!とも言われます。
我が家にも複数の犬がいる私からすると、飼い犬による噛みつき事件等起きても、責められるのは飼い主であり、『実行犯』たる犬に対する非難がさほど起きないことは、まだ救いと感じます。
この件で被害に遭われた方のご回復を願い、また、事件を起こした犬のしあわせを祈ります。犬だって愛情が欲しいのです。
NHK大河ドラマ『花燃ゆ』の低視聴率に思う
2015年5月21日
NHK大河ドラマ『花燃ゆ』は、先日5月16日の放送で、視聴率9.4%となったと報じられました。
統一地方選挙第一弾が行われた日に続く10%切れとのことです。
このところ、何かと話題となっているNHKですが、数日前籾井会長が、花燃ゆの視聴率は、「低すぎる」と発言したばかりでした。
『花燃ゆ』の主人公は、吉田松陰先生の妹で、松下村塾四天王のひとり久坂玄瑞の妻となった杉文で、兄夫を亡くしながら、幕末維新を力強く生き抜いた主人公の姿と、主人公を取り巻く家族愛友情や、松下村塾出身者の生き様などが画かれているものです。
5月17日の放映では、久坂らの主張が、長州藩の藩論となり、高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤利輔らが、建設中の品川御殿山の英国公使館を焼き討ちする場面などが画かれました。
高杉曰く、「どでかいことしようや」。
視聴率が伸びないのは、主人公が、いわゆる歴史的人物ではないこと、松陰先生、後に主人公が再婚する小田村伊之助、そして松下村塾門下生それぞれの活動や生き様が現れて、いささか散漫であることなどが原因ではないかと言われます。
歴史好きの私は、子どものころは、よくNHK大河ドラマを見ていました。最初にしっかり見たのは、上杉謙信公を描いた『天と地と』だったと思います。
しばらくお暇しましたが、やはり女性が主人公だった『天璋院篤姫』あたりからは、ほとんど見るようになりました。 私が一時大河ドラマから離れたのは、あまりに史実を無視して非現実的、イケメン俳優やアイドル、さらには話題性あるタレント等を起用して、とにかく視聴率ありきの感が強かったからであります。
篤姫を見たのは、薩摩藩出身でありながら、将軍に嫁いだ篤姫は、明治になっても鹿児島を臨むことなく、幕府徳川家の一員として生涯を終えたことをどのように描くのかと思ったからです。
これがきっかけで、以後ほとんど大河ドラマに戻りました。
歴史好きの私も、大人になったと言うことです。 最近思うのは、ドラマであってノンフィクションではない、まして歴史検証番組でもないと割り切れば、リラックスして見れるのだと言うことです。
花燃ゆで言えば、杉文と言う人物を世に出す、広く世間に知ってもらう必要なんてないのだと思います。
面白い場面は単純に笑い、腹が立つ場面には、怒れば良いのです。また、松陰先生のみならず、登場人物それぞれの発言セリフには、学び取るものがあります。 これは大河ドラマ、テレビだから受け手が自由に感じ取り、また、放映する側は、ある意味『受け』を狙えば良いのです。
しかし、歴史の真実はそうではありません。
たとえ評価が人それぞれであったとしても、事実は変えられません。かつて日本が、日本の領土ではないアジア太平洋地域に武器を持って『進出』した事実そのものは、否定できないのです。
それが自衛のためか、はたまた侵略行為だったかは、議論しても良いですが。 きさらぎ法律事務所にいらっしゃる方に、必ず申し上げることがあります。それは『事実は変えられない』と言うことです。
証拠なんて関係ありません。
事実を事実として受け入れない、事実を隠すことをやれば、必ず何処かに無理が来るのです。
ひとつの事実を隠すために、さらに別の事実を隠すことが行われます。事実を隠す、認めない者は、焦り落ち着かず、隠すこと自体に躍起になり、本来やるべきこと、期待されることができなくなります。そんな心理状態の者を信頼して、自分のしあわせ、人生を託すことはできないでしょう。
大河ドラマは、大河ドラマだから安心して見ていられるのだと思いました。
吉田松陰先生を尊敬される山口県ご出身の安倍晋三内閣総理大臣は、『花燃ゆ』の低視聴率を、どんなふうに感じられたでしょうか。
大阪都構想に関する住民投票の結果を受けて
2015年5月20日
大阪都構想の可否を巡る住民投票が行われ、僅差で、反対が賛成を上回り、結果、大阪府と大阪市は存続することが決まりました。
東京に居て、現実感が伴わない部分もあったことは否定できませんが、投票率66%超えの中での僅差であったことに、久しぶりに民主主義のパワーを見せられた思いがいたします。大阪市民に敬意を表したいと思います。
大阪都構想は、主に府と市の二重行政の無駄を省くことを目的に、現大阪市長橋下徹氏が提唱したもので、反対派は、大阪都となれば、住民サービスが行き届かなくなるなどと主張していたと思います。
決戦を終えて、テレビ局の前に現れた橋下徹市長の表情、発言が印象に残りました。橋下氏からは、何度も民主主義の素晴らしさ、権力は使い捨ての言葉が発せられました。
橋下徹と言う人物、政治家としての政策に関する評価は止めましょう。私は、あのインタビューの席で、ーーあれが本当の姿であり、国民に対する政治家としてのメッセージであるならーー実に見事な退き際だと関心いたしました。これまでのマスコミに露出する橋下徹氏とは、別人に映りました。
橋下氏は、税金と時間を使い、また、市職員の協力を得て、8年越しの彼の政治家としての原点であり到達点であるこの『決戦』を行うことができた礼を言いました。
そして、国政ではあり得ない自民党から共産党まで団結した橋下包囲網に、僅差で敗れたにも関わらず、「やっぱり間違っていたんでしょうね」と認め、任期までは市長を全うし、その後は、政界を引退すると言われました。
たった一つ、大阪市を無くすかどうかの明確な判断を市民に求めて、その結果は、民主主義が実現されたとし、潔く受け入れると言うことです。私は、改めて民主主義ってなんだろうと考えさせられました。
今、国会では、閣議決定された集団的自衛権を海外で実行可能とする『国際平和支援法』審議がなされようとしています。
先の衆議院議員総選挙で、50%そこそこの投票率で、巨大与党が誕生しました。
あのとき、安倍晋三内閣総理大臣率いる自由民主党は、「アベノミクスを進めるか、ーー民主党政権時代のような社会にーー後戻りするのか」が争点だとして、結果、アベノミクスは受け入れられたと宣言したものでした。
今政治は、経済景気に関する政策に留まらず、国民生活のために行うべき事柄は山積しているのに、集団的自衛権を閣議決定し、その関連法案を急ぎ成立させようとすることに対し、安倍首相は、先の選挙で、自民党は、マニュフェストにおいて国民に約束したと発言されました。
すなわち、自民党作成のマニュフェストの中に 、たった一行、『国の安全保障政策を早急に整備する』と書いてあって、国民に約束し、その信任を得たのだと言うのであります。
さて、先の選挙で自民党に投票された方、安倍晋三氏に反論できますか?かねてより、橋下徹氏は、安倍晋三氏と蜜月関係だと取り沙汰されておりました。
橋下徹氏は、政界を引退されるようですが、安倍晋三氏のパワーは、底なしの感があります。
橋下徹氏は、いくさを仕掛けて命を奪われない民主主義の有り難さを言われました。
ご自分ひとりが政界を去り、大阪市民は、道連れにされません。
先の選挙で自民党に投票された方はもちろん、安倍晋三氏とともに進まれるのでしょうが、民主主義である以上、集団的自衛権反対、国際平和支援法は戦争法案なんて言っている人もまた、安倍内閣、巨大与党の決め事通りに拘束されるのでしょう。
道連れ民主主義なんて言葉が妥当でしょうか?
仕事の3Kとは、感謝、感激、感動です。
2015年5月19日
今日は、東京駅から東北新幹線に乗車しました。テッセイこと、株式会社JR東日本テクノハTESSEをご存知ですか。
新幹線車両清掃を担当する会社です。この会社には、企業や大学から、お客様に対するおもてなし、従業員の士気モチベーションなどに関して、研鑽の対象にされることで有名です。
かつてこの職場は、『きつい、汚い(あるいは臭い)、危険』の3Kの代表格と言われました。
それがちょっとした努力で、『感謝、感激、感動』の3Kに変わったと言うことです。
今年春までおもてなし宣伝部長だった矢部輝夫氏は、JR東日本日本の取締役でしたが、テッセイに赴任し、これまでのトップダウン式を改め、皆が楽しく誇りを持てる職場環境にすることを心掛けたと言います。
皆さんは、掃除のおじちゃんおばちゃんではない、新幹線を利用されるお客様を迎えるキャスト、良い思い出作りができるよう、しっかりおもてなしをしようとの観点から、制服をスタイリッシュに改め、スタッフの良い行い、感心したことなどをリポートするシステムを作るなど、新幹線利用者からは注目され、声をかけられ、スタッフ社員は互いに認め合い、助け合う姿勢に変わったのだそうです。
こうして社員にはやる気が漲り、それぞれに目標と達成感が生まれ、自律的組織として機能するようになるのです。
『奇跡の7分間』と言う言葉が生まれました。
東京駅は始発駅であり終着駅、東京駅に到着して12分、この間下車に2分、乗車に3分かかると見込まれ、清掃時間は7分間です。
抜群のチームワークにより、実にテキパキやられていますね。実は、今日は朝方の東京駅車両点検により、東北新幹線は遅れて運行されていました。
本来12分のところ、折り返しとなる新幹線が7分遅れて到着したことから、さらに清掃の時間は狭まりました。
でも、発車定刻時刻には掃除は終わり、ドアは開きました。 空港でもそうですが、利用者は、始発駅から気持ち良く旅立ちたいものです。
いつか空港のトイレはきれいだと申しましたが、きれいの基本は掃除、これに携わるスタッフが、仕事に誇りと自信を持って、チームワークよろしく楽しく業務に携われば、自ずから利用者お客様は、良い気持ちになるでしょう。
今日も気持ち良く東京駅を出ました。
公共交通機関の車内放送の是非
2015年5月18日
行き先が初めての場所で、最寄駅まで電車、バスなどの公共交通機関を利用する場合、確実に到着するためにどんなことに注意し、心掛けしますか。
予め何々線の何々駅まで行けば良いと調べて乗車しても、その目的となる駅がいつ現れるのか、気になるのではないでしょうか?
そんなとき、始発駅、または乗車した駅から何個目とか、何々駅の次、あるいは乗車してだいたい◯◯分とか、乗り過ごしや乗り間違えがないように、ご自分なりの工夫をされると思います。
電車内車内放送を利用する、これを気にする方は多いのではないでしょうか。「次は、ーーです。ーー線はお乗り換え。お出口右側です。」なんて、毎々放送されますね。
都市圏の通勤電車を毎日利用する者は、この放送、なんとも思っていないと言うか、無くても自分には関係ないと感じる向きもあろうかと思います。
特に、自宅の最寄駅から、乗り換え無しで新宿駅とか渋谷駅とかの終点まで行く乗客にとっては、途中の車内放送は無くても困りません。終点が新宿、渋谷だからです。
先日新宿三丁目駅から、副都心線で横浜に行く用事がありました。新宿三丁目駅から横浜方面に行く場合、昼間はほぼ行き先は『元町中華街』行きです。副都心線、東急東横線、みなとみらい線が繋がっております。この日私が乗車した電車では、一切車内放送はありませんでした。
地理に明るい私は、下車する駅までの停車する駅の数や時間、車窓からの風景で、乗り過ごしやなどの心配はありません。
この日車内は混雑しており、外はあまり見えません。ただし、横浜駅まで乗車して6駅であることから、停車駅を数え、また、横浜駅直前には、さいわい地下に入って音が変わりますので、間違うことはありません。私と同様、横浜駅で下車する人は多いので、まあ、初めて人でも、人の波について行けば大丈夫だったでしょう。
でも、各駅停車で、あまり乗降客がいない駅に用がある方がこれに遭遇したら、難しかったかもしれません。
車内放送は、煩いと感じる方もいると思います。そんな声に配慮して、通勤時間帯などは、一切車内放送はしないと決められたのかもしれません。
あるいはあの日の経験は、単に機械が壊れて案内がたまたま出来なかったのかもしれませんが。
車内放送に期待してずっと座席に座っていたら、元町中華街駅だった方がおられたのではないか、余計なことも考えました。
私は、時々新千歳空港からリムジンバスを利用して、札幌市内の目的地に行くことがあります。新千歳空港午前9時前のバスで、この時間帯は、いつもガラガラです。
ある日、このバスの乗客は、私ひとりだったことがあり、バスが発車したら運転手の方が、「どこまで乗車されますか」と尋ねられました。私が答えますと、この日一切車内放送は無く、どこにも停車せず、私が降りる停留所まで、ノンストップで運んでいただけました。
リムジンバスは、空港を発車すると、途中乗車は無く、降車のみなので、お客さんの便宜を図ったのです。
これは、臨機応変の対応で、とても有難かったです。
しかし、多くの乗客が利用する大都市圏の公共交通機関では、臨機応変適宜の対応は難しいですね。
航空機に関しては、国内線しか利用しない私は、いったん乗ったら全員目的地は同じなのだから、機内サービスと言って、機内ではあれこれ放送しなくても良いのに、放っておいて欲しいと思う派です。
先の副都心線東横線は、どんな考え事情から、車内放送しなかったのかわかりません。
ただ、首都圏で生活する私にとって、日頃聞くでもない車内放送に、変に慣れてしまったのでしょうか、あの日の副都心線東横線での車内では、静かだったのに、何かいつもと違って落ち着かない感じがいたしました。
公共交通機関のサービスって、難しいですね。