「私ども日本人が決して忘れてはならないこと」。今年1月下旬にフィリピンを訪問された天皇陛下のフィリピンアキノ大統領主催の晩餐会でのお言葉です。82歳になられた今生陛下は、先の大戦で、フィリピンが日米の戦場となって、フィリピン国民100万人以上ものいのちが失われたことをこのように述べられ、今回のご訪問には、当初予定に入っていなかったフィリピン側戦没者の慰霊を、加えれたのです。 昨年陛下は、パラオを訪問されました。沖縄県には、皇太子時代を含めて相当回慰霊に参いられいてます。そして今回は、皇太子時代にご訪問されたフィリピンを、皇后陛下とともに再び訪ねられたのです。 陛下の慰霊のご訪問には、特に陛下のご意思が強く現れているところがあります。それは、国籍や当時の敵味方関係なく、愚かな戦争に駆り出され、巻き込まれて落命した方々に対して、この事実を決して忘れないことを伝え、慰霊の想いを表されることです。 先の大戦時の世界地図をみれば、当時の日本の領土、租借地、そして占領した地域が、実に広範に渡っていたかがわかります。それら『生命線』を死守するため、どれだけの血が流されたことか。当然その地で暮らす人がおります。近時の戦闘地域での空爆でも、民間人が巻き込まれる悲惨な事実が明らかになっています。 日本は、先の大戦では、沖縄県が唯一地上戦が行われました。かの辺野古沖移設問題で、戦後の沖縄の保守勢力は堕落したなんて、平気で与党議員が発言する世ですから、沖縄の悲劇は、後世に伝え続けなければならないことは論を待ちません。でも、戦火にまみれたのは、現在の日本領土だけではないのです。かの地の方々が、「日本さえ居なければ…」と思われても仕方ないのではと考えてしまいます。 フィリピンもまた、先の大戦で激戦地であったことは、有る程度知られているでしょう。恥ずかしながら、私は、111万人とも数えられるフィリピン国民が亡くなっていたとまでは、存じませんでした。日本の戦死者は210万人、民間人は100万人と言われています。このフィリピン人の犠牲者が、100万人を超えていたと言う数字を、どのように考えるべきでしょう。同じことは、インドやマレーシア等でもあったでしょう。 このところ日本国内では、戦時下での行為に関して、謝罪云々が論じられていますが、戦争そのものが悪であることは明らかで、かつてこれに日本が関わっていたこともまた事実です。これを後の世代に伝えることが、自虐的だの宿命を負わすなど、そんな議論が大きな声となること、理解できません。 いのちの尊さを教えるのは戦後教育の根幹であり、いのちには国籍は関係ないはずです。このことを最も理解され、その想いのとおり行動されておられるのが、他ならぬ今生陛下でありました。 繰り返し陛下は、「昨年日本は、先の大戦から70年を迎えました」を仰います。このお言葉は、実は日本国民、特にこの国の政治を司る政府与党に向けられていると感じます。この70年、日本が戦争を引き起こすことも、巻き込まれることもなく、国際社会において相応の責任を果たし、それなりの評価を受けていると考えられるのは、先の大戦の反省が石杖になっているからなのだと、どなたかの心に届けと願うばかりです。 念ため改めて申しておきます。私は、右翼ではごさいません。 今生陛下のお心の優しさ、そして前世界の人々が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちの生存することをお望みになり、かつ、自ら足を運んで実践されるお姿は、本当にこころ打たれ、最大級の尊敬の念に至り、かしこくも恐れ多いことであります。 それと、陛下こそ、やり残しのない人生を送られようとする、これから高齢化社会まっしぐらの日本人が学ぶべき象徴ではないかと思いました。 天皇のお言葉は、全くの私的行為ではない点で、内閣の助言と承認が必要です。これまで、特に昨年来天皇陛下が『先の大戦』に触れたお言葉を述べられる機会が増えているのに、安倍内閣は、何か感じないのでしょうか。 恐れ多くも、天皇陛下から『助言』をいただいているのはわからないのでしょうかね。天皇陛下のお言葉が、とても気になる時代になったのは、自民党等与党が、国会で絶対安定多数の議席を得、安倍晋三内閣総理大臣が登場してからだと感じるのは私だけでしょうか? まさに天皇は、日本国の象徴、日本国民統合の象徴であり、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づくとされた憲法第1条の重みを感じるときであるようです。

