明日は我が身

2015年1月15日
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昨年末のある日ある時刻に、Yahooニュースのアクセス数のトップを飾った記事として、『バキュームカー爆発』が報じられました。これは、中国広西チワン族自治区河地市の商店街で、通りかかったバキュームカーが、突然爆発したという悲惨な事故を報じたものです。タンクを満載にした車輌が爆発しで、あたり一面「悲惨すぎて直視できない状況」を映した画像は、非公開とされたようです。

 

バキュームカーってなに?の世代の方々は、こんなニュースには関心はないでしょう。関心を持った方々は、被害者に対する同情とか、事故からの教訓、再発防止を願ってニュースに釘付けとなったのでしょうか?

 

それは違うでしょう。興味をそそられた、さらに言えば、面白い話題だったから引きつけられたのだと思ってしまいます。

 

他人の不幸?に興味を持つのは、悲しいかな人間の性なのかもしれません。最近では、遭遇した事故の様子を写メに収め、動画にして配信するような事案をよく見聞きします。高速道路走行中の事故渋滞に悩まされるのは仕方ないですが、反対車線なのに、『見物渋滞』の表示が出ていると、「なんだ!」と思います。

 

でも、バキュームカー爆発のニュースや、対向車線の交通事故に関心を持てる状況にあるのは、幸せだとまでは言えないとしても、余裕がある人たちだと思います。余裕がないとパニックになり、パニックになるとさらに余裕がなくなる悪循環です。余裕を持って生活することは良いことではあります。

 

ただし、他人の不幸をただ不幸として眺めるのは止めたいものです。楽しんで生きるには、他人の気持ち立場を理解してこそ幸せになれるのだと思います。

 

バキュームカー爆発を報じた現地マスコミは、「人生は楽しく過ごさなければならない。なぜなら、いつの日にか、糞尿を浴びるかもしれないからだ」と論評していました。

 

明日は我が身、日々他人の幸せ、自分の幸せを願って真面目に生きようということでしょうか。