『過払金事件』を依頼する場合の注意点 ―それだけで、あなたの『問題』は解決しましたか。 結論に、『納得』,『満足』できましたか。―
(2010/12/20)>> 一覧に戻る
ここ数年、法律事務所や司法書士事務所等の宣伝・広告を、あちこちで目にするようになりました。
そして、それに比例するように、電車内の広告や、テレビコマーシャル,新聞や雑誌等で、『払いすぎたお金を取り戻せます』,『過払金を取り返そう』という『過払金の請求』をうたい文句にしている広告が多いように見受けられます。
司法委員を務めておりますと、『過払金』に関する事案を目にすることが多く、特に最近では、クレジット会社やサラ金業者等(以下、『クレサラ業者』と言います)の金融機関に対する過払金請求訴訟は、増える一方です。
そこで今回は、司法委員の目線から、過払金などの債権・債務に関する事件に潜む問題点について、お話ししたいと思います。
まず、過払金請求訴訟は、その金額にもよりますが、そのほとんどが、簡易裁判所の『管轄』となります。
つまり、簡易裁判所は、
① 『訴訟物の価額が90万円以下(現在は140万円以下)の民事訴訟の管轄権』を持ち、
② 『許可代理』という制度があり、弁護士以外の者を、訴訟代理人に選任することができる
という特色があります。
かつての傾向として、債務者(借主)の支払いが滞って、事実上の取立行為が奏効しないと、債務者を『被告』として、クレサラ業者は、債権の取立訴訟を簡易裁判所に提起し、判決によって、金銭の回収を図る(取立てを行なう)というケースが見受けられました。
司法委員を務めておりますと、②の『許可代理』という制度を利用して、原告席には、『クレサラ業者の訴訟担当者(クレサラ業者の社員)』が、入れ替り立ち替わりやって来るという光景を、多く目にします。
つまり、簡易裁判所の制度をうまく使用し、『裁判手続を使って、合法に取立てを行なう』という現象があったのです。
そのため、このような現象を、『簡易裁判所は、クレサラ業者の取立機関と化している』と、酷評されてしまいました。
確かに、貸金業法や、破産法が改正される数年前までは、そんな感じがいたしました。
ところが、最近では、『過払金訴訟』が、急激に増加しました。
それにより、被告席には、クレサラ業者の担当者,原告席には、債務者(借主)の代理人として、司法書士のほか、いつも同じ弁護士が、いくつもの過払金返還請求訴訟の代理人として、席についている姿が目につきます。
特に、都心から離れた小規模な簡易裁判所では、弁護士の出廷は少なく、ほとんどが、裁判所での訴訟活動が認められた『認定司法書士』で、しかも、「いつも同じような顔ぶれが並ぶ」と知聞します。
過払金とは、要するに、利息制限法を超えている部分――しかし、貸金業法の範囲内の利息である(『グレーゾーン金利』と呼ばれる部分) ――の利息を支払った場合には、所定の利息制限法の利率に引き直して計算をし、利息制限法を超えて、『払い過ぎ』となった場合、債務者(借主)が、債権者(貸主)に対して、その返還を求めることができる金員を意味します。
『過払金』は、取引経過の開示義務や、『みなし弁済』の要件に関する裁判例の集積により、債務者(借主)に、有利な解釈・運用が定着し、ここ数年、一気に脚光を浴びた分野といえます。
これと同時期に、司法書士にも、簡易裁判所での訴訟代理権が立法によって認められ、また、『弁護士報酬の完全自由化』が打ち出されたことなどの要因が重なって、『過払金特需』などと酷評されるような、『過払金をメインに事件を受任する』などのビジネス化した実体があることを、否定することはできません。
これまでサラ金業者は、いわゆる『グレーゾーン』で利得し、多重債務者の自殺、夜逃げ、犯罪などといった社会問題を生み出したと評される現実がありました。
このようなサラ金業者を、決して擁護するものではありません。
しかし、最近では、サラ金業者に対して請求できる『過払金』の問題も、ひとつの『社会問題化』していると感じます、
司法委員として、和解勧試等を仰せつかる案件で、訴訟の対象とされた債務以外にも、他に債務を抱えられた方に出会います。
以前申し上げましたが、たった1件の債務で、金融機関から提訴されるケースは、稀です。
先にも申しましたように、簡易裁判所は、訴額140万円の民事訴訟を担当しますが、『140万円以内の請求にするかどうか』は、原告である金融業者の自由です。
たとえば、1000万円の債権を有する金融業者等が、このうち、簡易裁判所で裁判を行なうために、1000万円のうち、『140万円を請求する』との内容の訴訟を提起する形態は、少なくありません。
なぜなら、簡易裁判所に提訴すれば、クレサラ業者の社員が、弁護士,認定司法書士でなくても、訴訟代理人になれるという制度が影響していると思われるからです。
最近経験するのは、『提訴された本件債務以外にも債務がある。ところが、この裁判までの間に、弁護士,又は、司法書士に依頼して、数百万円の過払金を回収した』というケースです。
もちろん、形式的には、弁護士等は、依頼の趣旨に限り、委任契約の範囲で業務を遂行すれば良く、『過払金回収のみ』を依頼されたのであれば、過払金返還請求権を有する依頼者の『債務整理』は、受任外となるのでしょう。
なぜなら、『債務整理』と、『過払金返還請求』は、事件の内容が違うのです。
『過払金返還請求』について依頼をすれば、それ以外の債務についても、必ず解決してくれるとは限りません。
つまり、『過払金回収のみ』を依頼した依頼者は、抱えている『本当の問題』を、解決してもらったことにはならないのです。
多重債務の相談を受けた折、「とにかく、業者の取引経過を見て、計算してから方針を決めましょう」とお答えすることはあります。
しかし、この場合であっても、本当の依頼の趣旨は、『債務の問題から解放されたい!』ことのはずです。
過払金の回収によって、全ての債務が無くなった(過払分を、他の債務に充当するようなやり方も含む)のであれば、結構なことですが、過払金を回収して、弁護士費用や生活費に消費してしまってから、残った債務について、これからどうするかを考えるのでは、手遅れとなるケースが少なくないのです。
たとえば、元事業主のAさんが、信用保証協会や、サービサーといわれる債権回収機構に債務を負担したが、現在廃業して、定収入がないという現状だったとしましょう。
あるいは、Aさんの債務の額そのものは、高額ではなかった,しかし、現在失業中であるとか、年金や、生活保護を受給されている等の事情があるとしましょう。
この場合、問題にすべきことは、①『残った債務』をどのようにして支払うのか,②そもそも、これら債務を支払うべきなのかといったことを、考えなければいけません。
弁護士等の法律専門家は、上記①,②の視点に立って、法律相談に対応し、この先どうすべきか等の道筋を示し、かつ、着地点を回答し、『債務の問題から解放されたい!』という相談者の本当の望みをかなえるために助言し、依頼を受けるべきなのです。
一方で、これだけ大々的に、『過払金を取り戻せる』との宣伝がなされますと、「私も長年サラ金業者に支払いをしているから、過払金を保有しているのではないか…」と思われた債務者の方,または、「当面、過払金を回収できれば、そのお金で食い繋いでいけるかもしれない…」との視点から、「過払金の返還請求のみをお願いします」と、事件処理の内容を限定して、弁護士等の法律専門家に、事件依頼をされる方も、いらっしゃるかもしれません。
ここに、『相談者』=『債務者』と、『受任者』=『(一部の)弁護士』,または、『司法書士』の利害が一致し、『過払金を食いつぶすケース』が発生するのです。
つまり、数百万円の過払金を回収し(食いつぶし)たけれども、訴えを起こされた債務の支払いに苦慮し、しかも、他にも債務を抱えていらっしゃる,そして、ご自身は、失業中か、安定収入を得る見込みが乏しいという方に、司法委員として、和解を勧めることはいたしません。
裁判所司法委員は、以前は、過払金を持っていたという方が、現在、支払いができない状況になってしまった場合、「以前、過払金を回収して、数百万円持っていたではないか。だから支払いなさい」と説諭,仲介などはできません。
そのため、提訴された業者以外にも債務を負担し、しかし、定収入がない等で、およそ支払いが不可能なケース,あるいは、他の債務の支払いも勘案して、支払方法等を考える必要があるケース等々では、司法委員としては、弁護士等の法律専門家に相談し、もう一度、ご自分の生活状況と、債務の状況をよく見直すべきであると、お勧めします。
私たち裁判所司法委員は、自分が担当する1件についてのみ判断し、関与することしかできないからです。
しかし、既に過払金返還請求の件で、弁護士・司法書士に相談し、事件依頼をされた方に対し、上記のようなことを申し上げるのは、同じ弁護士として辛く、情けないことです。
なぜなら、その方々は、法律専門家に巡り会って、費用を支払ったけれども、問題の解決には至ってはいないからです。
では、何が問題で、一体どうすればよいのでしょうか。
長くなりましたので、この続きは、次回にお話ししたいと思います。