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裁判官の心証形成について――司法委員の経験から

(2013/10/08)

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 刑事裁判では、『疑わしきは被告人の利益に』の原理があり、検察官が、合理的な疑い容れない程度までの立証を要します。

 

 これに対し、民事裁判では、証拠の優越,つまり、51%対49%でも、判断できるものといわれます。

 

 これを文字とおり受取ると、ほんのわずか、紙一重のところで、勝敗が決するのだと思われがちです。

 

 しかし、裁判官の心証形成と、実際の判決に至る過程は、『紙一重』,すなわち、裁判官は悩み抜いて、ぎりぎりのところで決断しているのではありません。

 

 司法委員は、裁判官を補佐します。ときとして、証人尋問等の証拠調に立会い、意見を述べることがあります。その経験から申しますと、裁判官には、『心証のなだれ現象』があるということです。

 

 『心証のなだれ現象』という言葉は、先輩弁護士らの受け売りですが、ある事実,ある証拠を岐点に、一挙に裁判官の心証が、一定方向に決まってしまうことを意味します。まさに、なだれを打つかのように。

 

 原告Xと、被告Yの間で、X所有のA土地に関する売買契約が成立し、決済日に、Xは、所有権移転登記手続に必要な準備をして、予め決めてあった場所でYを待っていたが、Yが来なかった,Xは、Yには、約束日に売買代金の支払いをしない債務不履行があったとして、直ちにYに対し契約を解除して、損害賠償等の請求をしたケースを考えます。

 

 Yは、決済当日は、突然激しい腹痛に見舞われて、終日動けなかった,Yは、その旨Xに当日夜電話した,決済できなかったのは、やむをえない事情があった,体調が回復した現在は、もちろん代金も用意してあるし、件の決済当日の翌日には、病院に行き、薬を処方してもらったと主張したとします。

 

 この場合、決済当日、Yが、売買代金の支払いができなかった,要は、指定された時間・場所に行けなかったことはやむをえなかったのか(法的に言えば、Yの責に帰すべき債務不履行といえるのか)が論点です。

 

 Yにおいて、当日夜の通話記録のほか、現在売買代金に相当する金額が預金されている銀行の証明書,Y主張日の処方箋の記録等が証拠提出されていた場合、Yの主張には、合理性がありそうです。

 

 しかし、証拠調の過程で、当該売買代金額が、Y名義で預金されたのは、決済日以降、特に、Xから、契約解除の通知を受けた後であった事実が判明したらどうでしょう。

 

 反対に、Xが、Yに対する売買契約解除の通知を出した直後に、第三者Zに対し、Yに対する売値の1.2倍の金額で、A土地の売買契約を締結していた事実が判明したらどうでしょう。

 

この場合、Xは、Yの『病気』をさいわいに、これをYの債務不履行と主張することで、より大きなもうけを考えた,つまり、反射的に、Yの主張に合理性があるのではないかの判断に傾くのではないでしょうか。

 

 また、決済当日夜の電話で、Yが、現在主張する突然の腹痛ではなく、「今日が決済日であることを忘れた」と言っていたらどうでしょう。

 

 これが実際の裁判です。裁判官は、あるきっかけ,それは、真実を見極めたということを意味するのですが、自信を持って、判断していると考えるべきなのです。もちろん、その判断が間違いであることが、ないとはいえませんが。

 

 以上の心証のなだれ現象は、法律相談を受ける弁護士としても当てはまります。

 

 相談者は、自分の一番知りたいこと,大切と考えていること,直截に言えば、自分の期待する回答を得たいと思って、法律相談を受けます。

 

 30分無料相談では、おそらく期待する回答が得られるでしょう。

 

 しかし、これでは、解決になりません。

 

 時間をかけて、詳しくお話を伺うと、相談者が気づかなかった,あるいは、気づきたくなかった事実が出てくることは、実に多いです。

 

 これに直面した弁護士は、本当の問題点を示し、相談者が目指すべきところ,事案解決の着地点をさぐります。

 

 法廷における裁判官,事務所での弁護士、いずれも心証のなだれ現象が起きた後どうするか、特に、相談を受けた弁護士は、どのようにサポートし、終結させるかが、とても大切と思っております。