プロがプロの力を発揮するとき

2015年4月28日
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4月14日夜、広島空港で起きたアシアナ航空の着陸失敗事故について、先日客室乗務員の不手際を言いました。
プロはプロでありなが ら、そのプロが統合失調症、当時の言い方で、精神分裂病だったため発生したのが、1882年(昭和57年)2月9日に起きた日航機羽田沖 墜落事故でした。この事故では、亡くなった方がおられますが、この機長は、いち早く救命ボートで脱した姿が、テレビで全国放映されまし た。昨年韓国珍島で起きたセウォル号の遭難と似ています。
今年は、航空機が関連する事故や危機が多いような気します。
ジャーマンウイングスの事故と言うか事件の後も、先日は、徳島空港であ わやの事態が起き、そして広島空港の事故です。日航機羽田沖事故の翌年は、冷戦の中『大韓航空機撃墜事件』が起き、日本人の犠牲者も出ま した。
その2年後の1985年(昭和60年)8月12日、単独機の事故としては、世界最悪とされた日 航ジャンボ機のあの事故でした。
でも、子どもの記憶として残っている怖い年がありました。私が子供時代の1966年(昭和41年)には、 立て続けに日本国内で、重大事故が起きています。
雪まつりの札幌から、羽田に向かった当時最新鋭と言われた全日空ボーイング727型機が、忽然と羽田沖に墜落した事故では、搭乗者 全員が亡くなりました。
この事故は、結局事故原因は不明と結論づけられたのですが、当時単独機の事故としては、世界最悪の事故となったの でした。その1ヶ月後の3月4日には、カナダ太平洋航空機が、羽田空港への着陸に失敗して多くの人命が失われ、なんとその翌日の3月5日 には、英国海外航空のボーイング707型機が、富士山上空で乱気流に巻き込まれて空中分解し、全員死亡した事故がありました。
さらにこの 年の秋には、全日空YS11型プロペラ機が、松山空港近くの海に墜落して、こちらも全員亡くなると言う痛ましい事故が相次いだ魔の年と なったのです。
嫌なことが続くと思ってしまうと、マイナス思考になりがちですが、門外漢の私がこんなことに気づいているのですから、プロの皆様 は、とっくに対応しておられるはずです。
実際、1966年のあの辛い苦しい時期を乗り越えたANAホールディングスは、安全性では世界に 冠たる航空会社になりました。また、その後乗客が亡くなる事故は、例の日航機羽田沖墜落事故まで、国内では発生したことはなかったはずで す。
ですから、今回の広島空港でのあわや大惨事の事故は、プロの皆様に、さらなる緊張と使命感を鼓舞し、安全安心を確実にする契機となっ たと思います。
マスコミ報道では、今回広島空港での事故の状況が明らかになるに従い、大惨事にならなかったのは不幸中の幸いと論じられています。
その表現はともかく、私は、負傷し、恐怖を味わされた方々にはすまないと思いつつも、これまたプロが歴史に学び、初心に帰ってプロたるゆ えんを発揮するギリギリの『天(空)からの思し召し』ではないかと捉えている次第です。
負傷した方のご回復と、事故に遭われた皆様のメン タルのケアーがなされますよう願うものです。